大使館所在地ー

駐日リトアニア共和国大使館 兼轄:フィリピン共和国、オーストラリア連邦、ニュージーランド、シンガポール共和国、インドネシア共和国、マレーシア

住所: 3-7-18 Moto-Azabu; Minato-ku, Tokyo 106-0046, JAPAN

もっと »

電話番号 +81 3 3408 5091
FAX +81 3 3408 5092
Eメール

日本関係

作成済み: 2015.03.05 / 更新 2017.06.12 08:27

一見すると相違点の多いリトアニアと日本には、どのような共通点があるのでしょうか。両国の価値観を比較してみると、実はかなりの類似点が見つかります。例えば、人々の自然観、歴史観、文化や芸術など多くの分野で似通った考え方を持っていることがわかります。

19世紀の中頃まで、両国の間に目立った交流はなかったといわれています。しかし歴史を辿っていくと、ユオザパス・ゴシュケヴィチュスというリトアニア人が最初に日本を訪問しています。彼は1852年にロシアの外交使節の一員として日本を訪問し、後に日本で最初のロシア領事になった人物です。
では日本人が初めてリトアニアを訪れたのはいつなのでしょうか。日本古文書保管所の資料によると、それは1862年に徳川幕府の第1回遣欧使節が欧州を訪問した時となっています。

日本がリトアニア国家を承認したのは、1922年12月20日のことです。両国は1929年2月18日の査証免除協定締結に続き、1930年5月2日、商業航海条約を調印しました。更に1937年、リトアニアは駐日名誉領事を任命し、日本は1939年11月23日、リトアニア第二の都市であるカウナス(当時は現首都ヴィルニュスがポーランドの支配下にあったた め、カウナスが臨時首都でした)に領事館を置き、両国の関係は良好であったといわれています。

その当時、同領事館に勤務していた「日本のシンドラー」ともいわれる杉原千畝副領事の人道的行為をいまだに多くの人々が記憶しています。第二次世界大戦中の1939-1940年、ナチス・ドイツの迫害をポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人に対して、杉原は自らの判断で日本通過査証を発給し、6000人の命を救いました。これによってユダヤ人はシベリア・日本経由で中南米に渡航することが可能になり生き延びることができたのです。
リトアニアが90年にソ連から独立した後、日本は1991年9月6日リトアニアを国家として承認し、同年10月10日に外交関係を復興させました。日本大使館は1997年1月1日に首都ヴィリニュスに置かれ、駐日リトアニア大使館は1999年3月に開設されました。

ニュースレターを購読する